映画、本など。心動かされたこと。

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日本の風物詩的、電柱。

電柱がおれた

数年前の話だが、近所の電柱が突然折れる事態に出くわした。

現場を見に行ったら、見事にぽっきりと折れていた。上から4割くらいの長さあたりで真っ二つ、上の方は変圧器も付いたままでぶらぶらしていた。地面に折れた電柱や電線が落下しなかったことは、幸いだった。

折れた上部は電線に絡まり、くの字型の状態でキープ。通行人への被害もなかった。道路には小さな破片がばらばらと落ちていただけだった。折れた上部が傾いた先は道路側だったが、反対側に折れていたら民家の屋根を突き破っていた可能性もあった。それも不幸中の幸いだった。

大きな事故につながらなかったことで、少しほっとした。

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イメージ画像(Pixabay)

もちろん辺り一帯は停電し、自宅も停電に巻き込まれた。折れたのは、夕方。連日35度を超えていた真夏の時期だったが、日中でなかったことが救いだった。

とはいえ、熱帯夜で電気が使えないこと、太陽が沈んだ時間帯であったことで、その日は不自由で眠れない、しんどい夜を過ごした。復旧工事は夜通し行われ、電気が通ったのは翌朝5時頃だった。作業員の皆さんは本当にお疲れだったと思う。

停電になった地域はごく一部で概ね800メートル圏内くらい。数分歩いた地域はまったく影響を受けておらず、普段の生活が営まれていた。そのため近所のコンビニは普段通りに営業しており、氷や電池、飲料などを買うことができた。氷が買えたことで、一番気がかりだった冷蔵庫の中身を無事保存でき、かなり助かった。

助かった部分が多いながら、複雑でもあった。電気がつき普通の日常を過ごしている地域を歩いていると、疎外感というか取り残された感があり、「いや、こっちのエリアは停電なので」と言って回りたい気持ちに襲われた。

そんな体験をして、電柱に電気を預けることにふと疑問をもった。

 

日本の風物詩的な電柱

電柱は、日本の風物詩とも言っていいもの。海外ではあまり見られず、観光で来られた外国の方はその数に驚き、観光スポットでも張り巡らされた電線・電柱に違和感を覚えるよう。「日本人は気にならないのか」と。

確かに日本で風景の写真を撮るとき、電線・電柱はなるべく避けたいと思いそのスポットを探すが、なかなか探し当てられずに苦労する。避けられたとしても、対象物に寄り過ぎてイメージ通りに写真に収められなかったりする。

 

参考にさせていただいた記事

 

国土交通省の「無電柱化の整備状況(国内、海外)」を見ると、ロンドンやパリ、香港、シンガポールなどは100%無電柱化されている。対して、東京23区と大阪市では10%に満たない状況がある。

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画像は国土交通省HPの上述記事より抜粋

(日本のデータは2017年末の状況で、海外はそれ以前の状況)

電線・電柱が日本で普及したのは、太平洋戦争後に早期に戦後復興を果たすためという。戦後の早期復興のためには、大量の電力が必要となり、コストが安く早く設置ができる電柱が求められた、と。

ただ実はその時点でも、原則地中化することが決められていた。 

1919年(大正8年)の「電気工作物規程」ですでに、電気工作物は【市街地での原則地中化を義務付け】られていた。電気工作物とは、電気を供給するための発電所、変電所、送配電線路をはじめ、工場、ビル、住宅等の受電設備、屋内配線、電気使用設備などの総称を指す。

つまり、電線・電柱を地上に張り巡らすのはイレギュラー対応だけれども、焼け野原からの戦後復興・経済優先を背景に、地上に電線が張り巡らされ、それを支える電柱が乱立したということだ。

そして、コストやら技術的なハードルの高さに阻まれ、今に至っている。最近まで毎年、数万本の電柱が増えていたという(2016年4月から緊急輸送道路では、電柱の新設を禁止する措置を講じている)。

 

参考情報

上記、資料4:中間とりまとめ骨子(案)参考資料をもとに記載。

 

国土交通省でも1986年(昭和61年)から順次検討は行っている。最近では、2017年から無電柱化推進のあり方検討委員会を発足させ、無電柱化の実現に向けて取り組んでいる。2020年7月の検討会では、全国10か所を選定しスピードアップモデル事業として近々に取り組みたい意向だが、場所は選定中とのこと。

コロナ禍での対応に予算を費やしたこともあり制約があるようで、早期の進展は難しいかもしれない。

 

地上の電線・電柱がなくなったら

つまり、電線・電柱は本来無くて当然で、無くすべきもの、と国も認めているモノ。

地中化、無電柱化が進むことで、大きく3点のメリットが挙げられている。①防災、②安全・円滑な交通確保、③景観形成・観光振興だ。

近年自然災害が多く発生しているため、特に防災は大きな課題だ。台風や竜巻などの災害時に電柱の倒壊・電線の切断などが起こると、二次災害も起こる。消防や救急の遅れにもつながる。

地上の電線・電柱は無くした方がいい。一般的に、素直に考えるとこれは紛れもない。

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2018年9月5日 台風21号で倒壊した電柱(大阪府泉南市、産経ニュースより)

 一方で、今まで当たり前にあった電線・電柱が無くなることで、失われるものはないのか、とも考えてみる。

戦後復興に欠かせなかったところから、高い経済成長を誇り「Japan as Number One」と言われた戦後復興のシンボル的なものがなくなるのではないか。そういえば、昭和的なイメージを描く際は、電柱をあえて描いている絵が多いな、とか。

電柱専門家的な方たちもいる、ある種コアな日本の風物詩がなくなり、郷愁にかられるのではないか。しかも地中化が進むと、逆に電線・電柱が残る地域が珍しくなり、観光地化されるのでは、など。

思いを巡らしてはみるが、やはり地中化した方がメリットが大きいという考えに至る。

地中化と併せて区画整理や空き家整理もしてしまえば、むしろ全体的な街づくりを見直す、いいきっかけになるのでは、とも思ってしまう。

地中化が進むと何か見えてくるものがあるのか。

引き続き思いを巡らしていきたい。